葉っぱのしおり




コントラバス夜想曲
森のすべてが息を潜める冬の宵。
どこからともなく、
一人のコントラバシストがやってくる。

彼は、立ち枯れたコントラバスの
ご機嫌を伺うように
繊細な振動を与え始める。

彼の奏でる古びた音色は、
森の木々の梢を伝い、
終わりなき闇の中で忍ぶ
コントラバシストたちを呼び寄せる。

彼らは、ゆっくりと、
深い闇から、重低音を引っぱり出す。
徐々に激しく荒れ狂い、
やがて迎える終楽章。
凍てつく朝がやってくる。

白い鎧
どれだけの時が立ったであろう。
この白樺の木に、胸の内を、
受け止めてもらうようになってから…。
この美しい木と出会ったのは、
もう十年以上も前の冬の夜。
嫁に入った家の庭で、
すべてを包み込むように、
夜空いっぱいに、その美しい枝をからませ、
月あかりに、白銀の輝きを放っていた。

吸い寄せられるように、
どっしりとしたその幹の白い鎧に触れてみる。
はっとして、さらに手のひら全体を、
押しつけてみる。
吸いとられる…、吸いとられる…。

五月晴れの眩しい朝、その白い枝に、
突如として現れる、若々しく緑々とした若葉。
見る見る活発に葉を広げ、
生きている…、生きている…。

季節が黄昏てくる頃、
褐色の衣に着替えた巨大な紳士は、
名残惜しいとばかりに、
ラルゴのメロディーを奏でる調子で、
葉落としをする。
秘めている…、秘めている…。

その幹の白い鎧に触れてみる。
幾度、こうしてきたであろう。
私の心の春夏秋冬、すべてを受け止め、
癒し、教え諭してくれる。
手のひらを透して、生命の源を与えてくれる。

いつでも、どんな時でも、何度でも…。


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