東文彦

- 祖父石光眞清からの系譜 -




私は東文彦という小説家を調べていたのですが、作品集巻末の略年譜を見て、文彦の外祖父が石光眞清という人物であることを知りました。文彦の母菊枝は九州熊本県出身で、その父親が石光眞清だとわかったのです。私は石光眞清がどのような人物なのかを調べてみました。その結果、眞清は珍しい人生を歩んだ人であることを知り、孫と祖父との間に共通して流れる何かがあると感じました。

文彦は二十三歳で病没した青年で、作品といってもわずか二十二作しかありません。いずれも短篇で、作風は地味です。まだよく知られていない作家で、作品の研究もほとんどなされていませんが、よく読んでみると、深い意味のある作品なのではないかと考えさせられます。文彦は若くして肺結核に感染しました。しかし不運な身の上に屈せず強く前向きに生き抜いた人です。眞清は日清・日露戦争に参戦し、ロシア革命の中で諜報活動を行い、様々な問題に取り組み悩みながらも自分の考えを貫いて行動しました。それぞれ異なる人生ではありますが、苦境にあって自分らしく生きていこうとする姿勢については何かしら通じ合うものがあるように感じられます。そこで、この祖父と孫との結びつきを私なりに紹介してみたいという衝動が沸き起こったのです。

二人は互いに、相手がどのような人生を歩んだのか、その詳細は知らなかっただろうと思われます。眞清は、国家の秘密任務に直接係わるようなことは肉親といえども打ち明けたりしなかったでしょう。文彦は眞清の死の翌年に亡くなっているので、祖父が孫の非業の死を知ることはありませんでした。けれども、私がこれから紹介するこの二人の人物の歩みを皆さんがお読みになって、どのように感じられるでしょうか。二人の間にはどのようなつながりがあるのでしょうか。

また文彦は有名な小説家、三島由紀夫と親しい間柄でした。三島にとって文彦は、どのような存在だったのでしょうか。三島は果たして、文彦の祖父、眞清のことを知っていたのでしょうか。さらに、熊本は三島にとって重要な土地なのですが、そのことは、文彦、眞清と何らかの関係があるのでしょうか。皆さんも、どうぞ一緒に考えてみて下さい。


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