A BOOK




十周忌〜速度

作/恵
今年もまた、この日を迎えてしまいました。
まだ私は、この場所で呼吸をしています。
あれから十年も、何気なく暮らしています。

  歩くスピードで 息をする
  そうして やっと落ち着ける
  まだ何とか やっていける

死にたい、そういうわけではありません。
生きる理由が、見つからないだけです。
同じように、死ぬ理由も見つけられません。
貴方がいない、ただそれだけのことです。

  世間は 急激に流れている
  踏ん張らないと 溺れそうだ
  それに結構 疲れてしまう

あの頃は、いつもドキドキしていました。
上手く話ができなくても、十分でした。
貴方に会える、それだけで嬉しかったです。
明日を迎えるのが、いつも楽しみでした。

  思い出は 美しすぎて困る
  そこに 逃げたくなってくる
  楽になれる 思ってしまう

花屋に行って、桔梗の花束を買いました。
この十年、そんなことを続けています。
惰性でしている、それは間違いありません。
それでも、花言葉だけは疑っていません。

  自分の心が 説明できない
  別にそれでも いいのだろう
  無理にでも 思い込ませる

貴方の笑顔を、今も鮮明に覚えています。
余裕のない私に、微笑んでくれました。
それだけは、何があっても忘れられません。
私の心の中心に、今でも居座っています。

  立ち止まるたび 振り返る
  そのせいで うまく進めない
  急ぐ必要ない 知っている

この十年間、貴方を思い続けてきました。
変わりたくなくて、変わっていません。
でも貴方の歳を、追い越してしまいました。
こればかりは、どうしようもありません。

  時計の針は 逆戻りしない
  それなら 現実を見据えよう
  歩くスピードで 息をする

今年もまた、あの日が過ぎてしまいました。
私は今も、この場所で呼吸をしています。
これから先も、そうして暮らしていきます。


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