心の中の光




 一樹はそこまで考え、これでいいのだと自らに言い聞かせる。荷物なんて持たないほうが気楽でいられるものなのだ。
 一樹はそう自らを納得させると、止めていた足を再び動かし始めたが、ポケットに入れていた携帯電話が震え始め、彼の足を止めさせる。
 携帯は一樹に珍しく何かを報告しようとしていた。彼はスラックスのポケットに手を入れ、携帯電話を取り出し、震えている原因を確認する。誰かが一樹の携帯に電話をかけてきているようである。その証拠に携帯電話のディスプレイには誰かの電話番号が表示されていた。一樹はその電話に出ようか、出まいか悩んだ。知り合いの電話番号ならば名前が表示されるはずなので、彼の知らない誰かからか、もしくは、登録していない知り合いからかかってきていることになるのである。そんな親しくない人間の電話等には出たくないものである。
 一樹が悩んでいると、電話は静かに動きを止めた。一樹は何だか勿体無いことをしたような心境になる。
(もしかして、あいつからの電話だったのかもしれない…)
 一樹の脳裏に昔の知人のあいつの顔が思い浮かんでくる。一樹はその男の名前を思い出そうとしたが、何故か名前を思い出せない。会わなくなってから、時間が経っているためであろう。
 一樹の脳裏にあいつとの思い出が蘇ってくる。
 一樹とあいつは根本的に考え方が違うことから、しばしば激突することがあったが、一樹は不思議とあいつのことが嫌いではなかった。口論は絶えなかったが、どこかで共感する部分もあったのかもしれない。
 あいつは今何をしているのだろうか。一樹はふとそう思い、珍しく他人のことを気にしている自らに一笑する。昔の友人のことに関して、考えを巡らせるなんて久方ぶりである。
(あいつがいたのは、いつだったか…)
 一樹は記憶の中に眠っている中学時代の思い出を引きずり出す。そう、あいつに初めて出会ったときのことを。


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