柘植の「反秀才論」を読み解く(下)




ごく最近、私は柘植俊一(つげ・しゅんいち)という筑波大学工学部 にいた工学博士が書いた「反秀才論」(読売新聞社、1990年)という本を 偶然近くのブックオフで見つけてじっくりと読んでいたのである。およそ 14年も前、ちょうど私がユタから日本へ帰国した年にこんな本が書かれて いたのである。この本には非常に面白いと私が思うことが見事なまでに簡 潔に書かれていて、正直私はとても驚いたのである。一昨年の暮れにフラ ーの本を読んでも驚いたが、この本はまた別の意味の驚きがあったからで ある。

俗に「心の琴線に触れる」という言葉があるが、私は全くその通りのこ とを感じたからである。しばらく前に私は寺田寅彦の随筆集について論じ たことがあった。それを 「科学雑誌のみなさま、科学随筆のための「寺田寅彦賞」を作るべしや」 というエッセイに書いた。それは、寺田流の科学の語り口というものが非 常に当時の私の「心の琴線」に触れたからであった。

こういうことは私はこれまでの人生の中ではそうめったになかったから である。これと全く同じ印象をこの柘植さんの本で感じたのである。まし てや運動音痴の寺田さんと違って、柔道出身の柘植の本にサッカーマンで ある私は一層「心の琴線」に触れたからである。というのも、この柘植さ んの生涯のテーマは「文武両道」という、豪傑はいかに育つかということ だったからである。これは同じく私自身がスポーツを本格的に始めた中学 校以来の私のテーマでもあったからである。

また、この柘植さんの「文体」は、夏目漱石と交流があったと言われて いる寺田寅彦さんの「文体」に匹敵するほどの名文である。私は個人的に は湯川秀樹さんの文体すら上回っているのではないかと思う。それほどの 名文家である。私など足下にも及ばない。

この意味で、私は寺田寅彦の系譜を継ぐ逸材が筑波にいたのだと非常に 嬉しくなったのである。そしてついつい本に引き込まれてしまったのであ る。そうして読んでいるうちにこの人の先生というのもまた非常に驚くべ き人物であったということを知ったのである。こういったことを本書で紹 介したい。

さて、この柘植さんの本に「乱流渦のトンネル効果」という話題があっ た。これは柘植自慢の研究で、彼が東大工学部を終え、アメリカNASA のエイ ムス研究所にいた頃の研究である。乱流というものは日常生活の中では非 常にありふれた誰もが知っている現象だが、いまだ誰にも完全には理解 されていないもので、この乱流問題を解決したら賞金を上げるという懸賞 金つきの問題の1つである。こういう乱流の研究者が柘植さんだった。そ の乱流の中で、渦がときどき消えては現れ消えては現れるという大変奇妙 な行動をとることがある。あたかも幽霊のように突如として消え別のとこ ろに忽然と現れるのである。これを量子力学のトンネル効果と同じ方法で 説明することが可能だという研究がこの柘植さんの研究だった。実に面白 い話である。

そこで私は早速この柘植氏に論文請求したが、電子メールが戻ってきて しまった。そこで最後の職場を探しメールした。そこで私は非常に残念な 思いをした。どうやら昨年に柘植さんが亡くなってしまったということで ある。そこで別の人に今、論文を請求しているところである。

そういうわけで、この柘植さんを追悼する意味で(もちろん私は全く面 識もなにもなく、あくまで私個人的意味においてだが)、しばらく柘植さ んの「反秀才論」にある物の見方をここで紹介しようと思うのである。心 から柘植さんの御冥福をお祈り致します。


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