著者 | 編者 | 作品の分類 | ページ数 |
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杉田元宜 | 井口和基 | 物理学 | 445 |
書籍サイズ | 定価(税込) | ISBN |
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A5 | 3,960 | 978-4-86420-324-1 |
概要 |
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「天才の挑戦:生物と物理をつなぐ新たな地平」 本書は、1957年に南江堂から出版された、科学の歴史における重要な一冊である。当時500円で発売されたこの書籍は、日本の科学界における稀代の天才、杉田元宜博士の研究と挑戦を記録したものである。文系学生が集まる一橋大学経済学部の教授という立場にありながら、杉田は物理学と電気回路学を学生たちに教授し、彼らにアナログ計算機を製作させた。そして、その計算機を用いて当時最先端のデジタル制御による数値計算を実行するという試みを行った。 学生たちは、自らが直面する課題を解くための電気回路を設計し、その解をオシロスコープで観測した。これは、生物学におけるデジタル理論をアナログ計算機でシミュレーションするという極めて独創的なアプローチであった。1960年代初頭、日本ではまだ大型コンピューターの導入が進んでいない時代に、杉田は限られたリソースを最大限に活用し、新しい科学的手法を切り開いた。 杉田のアイデアは、当時の英米の最先端科学者たちに強い影響を与えた。特に、イギリスのグッドウィンやアメリカのカウフマンにとっては、研究の新たな方向性を示すきっかけとなった。カウフマンは、杉田の理論をアメリカの大型電子計算機を活用して拡張し、複雑ネットワークという新たな研究分野を創出した。杉田の構想は、こうして国際的な科学界でさらに進化を遂げることになった。 本書は、杉田が1950年代後半に執筆した研究の集大成である。戦前には東京帝国大学で物理学を専攻し、戦中には小林理学研究所で研究を行った彼は、結核を患いながらも物理学の根本に対する深い洞察を得た。その中で提唱されたのが『熱力学の第四法則』であり、『|dG/dt|= max』と定義されたこの法則は、生命の物理学的原理を説明する鍵であるとされた。本書では、この法則を念頭に置きながら従来の熱力学を再解釈し、新しい理論体系を提示している。 この書籍は、単なる学術書にとどまらない。科学的な限界に挑み続けた杉田元宜の思想と革新の過程を、後世の科学者たちに伝える記念碑的な存在である。自身の研究に新たな視点を取り入れたい研究者や学生にとって、本書は間違いなく刺激となるはずである。杉田の先見性と創造力を再発見し、現代の科学にどう応用できるかを考えるきっかけとしてぜひ手に取ってほしい。 |
編者コメント |
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「本書の内容」 本書は、物理学と生物学を結びつける壮大な挑戦であり、3つの主要なパートから構成されている。「序論:物理学と生物学」「第一部:熱力学および分子統計論概説」「第二部:生体と熱力学」の三部構成で、それぞれが独自の視点と深い洞察を提供している。 序論では、科学の歴史をギリシャ時代にまで遡り、物理的な現象と生物学的な現象の本質的な違いを考察する。そして、化学と物理学の関係性を探求しながら、物理学がいかにして生命現象を説明する鍵となり得るかを論じている。古代の知識体系から現代の科学へと至る道のりを追いながら、読者を生命現象の本質へと導く。 第一部では、熱力学と分子統計論の基礎を徹底的に解説する。熱力学の基本概念を起点とし、相変化、混合系、化学系の熱力学、さらには化学反応速度論や電気系の熱力学へと議論を展開する。そして、熱力学の最も奥深い領域である不可逆過程にまで踏み込む。ここで展開される内容は、熱力学という学問が単なる理論にとどまらず、物質の根源的な振る舞いをどのように解明するかを示している。 第二部は本書の核心であり、生体と熱力学をつなぐ前人未到の領域に挑む。生物が熱力学をどのように活用しているのかという根本的な問いに答えるため、細胞の代謝過程を熱力学的に定義する。そして、生命とは何か、生命の起源はどこにあるのかを熱力学の視点から考察する。この部分において杉田博士は、他の熱力学書には見られない独創的な視点と理論を展開し、科学的探求の新たな可能性を切り開いている。 本書の魅力は、単なる教科書的な解説を超え、読者を知的冒険へと誘う点にある。科学の歴史に立脚しながらも、現代の研究者に新たな視点を与える内容となっている。生命を物理学で解明するという壮大な目標に向けた、杉田博士の鋭い洞察と創造力を存分に味わえる一冊である。 「杉田理論の評価」 1957年当時、杉田元宜の思想はあまりにも先鋭的であり、その理論が学会内外で正当に評価されていたとは言い難い。しかし、時代は移り変わり、68年後の今日、その評価は大きく変わった。現在では、杉田が先駆けた複雑ネットワーク理論やスケールフリーネットワーク理論が科学の重要な基盤として認識されている。そして、彼が実質的にその創始者の一人と考えられるシステムバイオロジーという学問分野も、現代科学の最前線で躍進を遂げている。 こうした背景を踏まえると、杉田の思想が反映された本書は、単なる過去の遺産ではない。本書が提起する問題とその解法は、今こそ生命科学を再考する絶好の機会を提供している。生物学における根本的な問いに立ち返りつつ、熱力学と分子生物学の視点から新たなアプローチを示す本書は、現代においてもなお必読の一冊である。杉田の先見性に触れることで、科学者は生命現象を理解するための新しい視野を手にすることができるだろう。 |
目次 |
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新版の序 序 第1章 序論物理学と生物学 1.1 古代原子論 1.2 力学的自然観の確立 1.3 機械的自然観の崩壊 1.4 統計的見地の導入 1.5 物質構造論と量子物理学 1.6 物理的なものと生物的なもの 1.7 化学と物理の関係 第I部 熱力学および分子統計論 基礎編 第2章 状態と変数 2.1 平衡系の定義と拡散の分子運動論 2.2 平衡状態と熱力学 2.3 状態変数の決め方 2.4 気体の圧力 2.5 準静的変化 2.6 ミクロのパラメーター 第3章 熱力学 3.1 熱力学の第1法則 3.2 エンタルピー(熱関数) 3.3 化学変化および相の変化 3.4 熱の本質 3.5 理想気体のエントロピー 3.6 熱力学の第2法則 3.7 不可逆変化 3.8 不可逆過程とエントロピー 3.9 熱力学の平衡条件 3.10 熱力学的関係式 第4章 相変化と統計熱力学 4.1 蒸発平衡と蒸発速度 4.2 速度論的な事情 4.3 Clusterの理論 4.4 形態数と状態和 4.5 Clusterを含む系と統計理論 4.6 過飽和の状態と準安定 4.7 相変化一般について 第5章 混合エントロピーの計算 5.1 混合エントロピーの計算 5.2 混合過程 5.3 形態数との関係 5.4 希薄溶液の性質 5.5 浸透圧とは何か 5.6 半透膜について 5.7 沸点および氷点の変化 5.8 溶解, 析出および吸着 5.9 高分子物や膠質と膨潤 第II部 熱力学および分子統計論 応用編 第6章 化学平衡と反応速度 6.1 化学平衡 6.2 親和力とGibbs-Helmholtzの式 6.3 反応速度の問題 6.4 H 定理との関係 6.5 速度論の統計理論-1- 6.6 速度論の統計理論-2- 6.7 相律 6.8 無定形物質 第7章 電気を帯びた系の熱力学 7.1 界面電位 7.2 膜平衡と電位差 7.3 吸着, 水和, 解離と平衡 7.4 イオンの運動 7.5 酸化還元とその電位 7.6 酸化還元とrH価 第8章 不可逆過程 8.1 Gibbsの式 8.2 相反関係 8.3 最大原理または極小原理 8.4 熱力学と新法則 8.5 動電気化学現象 8.5.1 濃度差のない場合 8.5.2 濃度差のある場合 8.5.3 分散系の場合 8.5.4 荷電剛体球の分散系 第III部 生体と熱力学 第9章 生体と熱力学 9.1 熱力学の第2法則の応用 9.2 代謝過程とF.E. 9.3 労働の出力 9.4 エントロピー代謝 9.5 細胞分裂と熱力学 9.6 生体の流動モデル 9.7 過渡的現象と流動系の特色 9.8 生命の起源 補註 あとがき |