非線形力学入門(下巻)

‐ 非線形力学の発展 ‐



データ

著者 翻訳者 作品の分類 ページ数
井口和基 - 物理学 325

書籍サイズ 定価(税込) ISBN
A5 3,850 978-4-86420-286-2




概要
『非線形力学入門(上巻)』の続編。クリロフとボゴリューボフにより導かれた非線形力学の理論が、その後どのように発展し、今日どのように応用されているかを考察する一冊。



本書は『非線形力学入門』(太陽書房, 2022)の後編です。本書に関して、はじめ著者は1冊の本として構想しました。前半が上記クリロフとボゴリューボフの本の翻訳。後半がその後クリロフ−ボゴリューボフ理論の応用あるいは拡張として、様々な分野で発展した理論の解説。これらを統合して1冊の本にまとめました。

しかしながら、著者は最後の最後まで1冊の統合本が良いのか分冊の方が良いのか迷いに迷っていたのです。迷っているうちに本の完成はどうでも良くなってきます。そこで、著者は、数少ない知人しかいないのだけれどもその数人にこの原稿をお見せし、分けた方が良いか、1冊の方が良いか聞いたのです。著者はまだ統合本も捨てがたい気分でいました。ところが、やはりオリジナルの部分と著者の個人的見解の部分は分けた方がわかりやすいという意見に集約したのです。それで、急遽すべての構成を分冊の形に変えることにしたというわけです。こうして、前書『非線形力学入門』(太陽書房, 2022)が最初に出版されました。本書はその後半部分ということになります。

分冊にする時、まず章構成が変わります。それに応じて章番号や数式番号を直さなければなりません。そうしているうちに、章の構成も変えた方が良い部分も見つかりました。それで、若干の章構成も変えました。非線形力学とは非線形微分方程式で記述される力学のことです。解析的に非線形微分方程式を解くことは一般的に不可能とされています。もちろん特殊な非線形微分方程式は例外です。こういったものは解析解を得ることもできます。そんなわけで、一般的に不可能な非線形微分方程式をいかに解くか? ここにこの分野の難しさや関心があります。

そこにはいくつかのテーマがあります。第1は、「クリロフ−ボゴリューボフの平均化法」です。この理論が最初に系統的にまとめられたオリジナルが前述の「非線形力学入門」です。

これは多くの非線形微分方程式の解の性質を見るために応用されました。特に非線形微方程式は工学分野に頻繁に現れます。そのため、工学者たちが一番最初にこの理論に飛びついて応用したのです。それゆえ、この理論はアメリカの工学分野における古典制御理論の教科書で最初に解説されました。具体的には遠心制御装置の研究、真空管発振器の振動の研究のようなものです。これらの理論は工学の古典制御理論の分野で現れる非線形微分方程式を扱います。本書の第4章と第5章でこれらを扱います。

もともとクリロフとボゴリューボフは旧ソ連時代のロシア人数学者でした。そのせいか、物理学者はそれほど関心をもったとは見えませんでした。むしろ、物理学者たちは、そういった数理研究を工学分野における応用分野の、物理の本質とは無縁の枝葉末節の応用例に過ぎないと見ていたふしすらあります。

そんな中、1960年代後半から1970年代に物理学者たちは、非線形力学系で解析的に解ける系、すなわち非線形可積分系を発見しました。この特殊な系の解はソリトンと呼ばれます。つまり、物理学者はソリトンを発見したのです。その一例は有名なKdV方程式です。周知の如く、この分野はそれ1つで数理科学の巨大な一部門を形成しています。この時代は物理学者はソリトンで大忙しでした。本書では、このソリトン分野はカットしています。すでにそれぞれにたくさんの解説本があり、数え切れないほどの文献があるからです。この分野に興味のある人はぜひそれぞれの教科書を学んでいただきたいと思います。

そして、1980年代になると、物理学者たちは非線形微分方程式において「カオス現象」を発見しました。この時代は物理学者はカオスに大忙しでした。カオスは数学的には非常に重要かつ非常に深い問題です。しかしながら、カオスは現実ではむしろ工学的に制御して避けるべき領域というものに入ります。それゆえ、カオスについても本書では一切触れません。この分野においても、すでにそれぞれにたくさんの解説本があり、数え切れないほどの文献があるからです。本書では、この2大分野は全てカットしています。

本書の構成は、次のようなものです。第I部でさまざまな分野の発展を考察します。

最初に第1章で同期現象(シンクロナイゼーション)におけるリミットサイクル(極限周期振動)について学びます。この分野は近年の同期現象の研究の中から始まりました。非線形力学系は外部パラメータに依存します。系のパラメータを変化させていく場合、ある臨界値を境に現象がガラッと変わります。この性質は古くから知られていました。この分岐点はホップ分岐と呼ばれています。この近傍において近似的な方程式を得る方法があります。これは逓減摂動法と呼ばれています。実は逓減摂動法は実質的にクリロフ-ボゴリューボフの平均化法と等価なのです。この観点から、これをクリロフ-ボゴリューボフ理論への補足として加えています。

第2章でリミットサイクルの位相記述法について学びます。ここでは、アイソクロンという概念を学びます。これはクリロフ-ボゴリューボフ理論以来のユニークな発展といえます。これについて同期現象の発見者である蔵本由紀先生の理論を学びます。

第3章で周期解の安定性を学びます。ここではポントリャーギンの微分方程式の理論を学びます。リミットサイクルに関して、数学者はどのようにこれを捉えていたかを学びます。盲目の数学者ポントリャ―ギンは旧ソ連の数学者でした。そのため、ポントリャーギンは戦後西側の世界では意識的に無視された印象があります。西側世界では、一部の数学者を除き、物理学者はポントリャーギンが実質的に同期現象の理論やカオス理論と同じことを行っていたことはあまり知られていませんでした。むろん、数学者にはよく知られたことだったはずですが、物理学者は知らないからです。

そんなわけで、数学分野で行われた研究を物理の同期現象の補足として加えることにしました。このように、本書の目的の1つは、異なる分野でお互いに独立して行われた研究を非線形力学という1つのビジョンの基に結びつけることにあります。

第4章と第5章と第6章でクリロフ-ボゴリューボフの理論の応用例を学びます。第4章では遠心制御装置への応用を行います。第5章では真空管発振器への応用を行います。第6章ではバイメタル温度調節器への応用を行います。

第7章では生態系の振動現象を学びます。ここでは、マルサスの法則、ロジスティック成長、生存競争モデル、ロトカ-ヴォルテラ系、新型コロナウィルス感染モデルなどを学びます。一見まったく異なる生態系の非線形方程式においてもクリロフ-ボゴリューボフの理論が応用可能な系であるということを学びます。

第8章では化学振動を学びます。ここでは化学現象における周期振動やリミットサイクルの生じるモデルを学びます。化学振動系の非線形方程式においてもクリロフ-ボゴリューボフの理論が応用可能な系であるということを学びます。

第II部では制御理論の初歩を学びます。第9章で古典制御理論のイロハを学びます。ここでは戦前のドイツのオッペルトの理論の要点を学びます。オッペルト博士は戦前古典制御理論を完成させた数学者です。彼は古典制御理論の中身を発展させ、ドイツ語の多くの教科書を残しました。戦後、彼の名前はほとんど忘れられました。いまその名が知られているとは思えません。そういう理由で、特に古典制御理論の創始者であるオッペルトの理論を補足としました。

第10章では古典制御理論の応用例として、原子力発電の自動制御を学びます。ここでは、高橋安人博士の教科書を学びます。高橋安人博士は、戦前オッペルト博士に大きな影響を受けた研究者です。戦後、高橋先生はアメリカへ渡り、制御理論を発展させ、世界へ普及させた制御理論の第一人者でした。日本でも多くの後輩を育てました。

第11章では現代制御理論を学びます。ここで主にベルマンの最適性原理とダイナミック・プログラミング、およびポントリャーギンの最大原理を学びます。制御理論における最適性原理と最大原理は、古典力学における最小作用の原理とハミルトンの原理に対応します。しかし大きな違いがあります。古典力学ではエネルギーが保存します。エネルギーの単位はジュール(J)です。一方、現代制御理論では単位時間のエネルギーが保存します。言い換えれば、エネルギー消費(パワー)が保存します。エネルギー消費の単位はワット(W)です。

第12章では現代制御理論の応用として、核反応への応用と化学反応への応用を学びます。特に化学反応への応用では、杉田元宜博士の理論を学びます。第13章では前章の杉田元宜博士の生命系の化学反応理論を基本として杉田の代謝の理論を学びます。第14章では杉田の生命の熱力学を学びます。そして最後の第15章では杉田の生命の制御理論を学びます。これは初めてディジタル(2値数)的に化学反応を捉えた理論でした。

いまや我が国ではほとんど知られていませんが、この理論はスチュアート・カウフマンのランダムブーリアンネットワーク理論の基本になった研究です。当時カウフマンはまだ大学院生でした。彼のメンターであったのはイギリスのグッドマンとアメリカのマカロフでした。グッドマンは杉田元宜のディジタル制御理論に対して激しく反対しました。彼の著書や国際学会で杉田元宜の発表をこき下ろしました。

しかしながら、その傍らグッドマンはカウフマンにそれをさらに発展させるように指導しました。そしてカウフマンの直接の指導者としてマカロフ-ピッツの脳理論の創始者であったマカロフを選んだのです。カウフマンは1969年にそれを発展させることに成功しました。いまではカウフマンは世界の知の巨人、複雑ネットワーク、複雑系の創始者と理解されています。こうして、屈折した形で杉田元宜の知ることなく、杉田のアイデアは世界に広がっていったのです。

ところで、杉田元宜は生命のディジタル理論を構築したとき、細胞制御においてはディジタル制御があると仮定し、電子工学のフリップ・フリップ回路に相当する化学反応を構築しました。これは1960年〜1961年のことでした。その直後の1961年にフランスのルヴォフとジャコブとモノーによりオペロンという考え方が提案されました。DNAの制御はオペロンで行われており、それが一種のフリップ・フロップのようなディジタル制御であることを発見したのです。これにより彼らは後にノーベル生理医学賞を受賞したのです。

このように杉田の理論は当時からそれ以後世界の科学に影響を与えたのです。しかし国内でそれを継承する人材は現れませんでした。こうしていつしか彼の理論は外国の人達の研究に暗黙的に吸収され消えていきました。おそらく、杉田元宜本人以外で彼の生命理論を本にしたものは初めてだろうと思います。

本書は著者個人のかなり思い入れの強い内容です。著者自身が自分の好みで、科学のさまざまな分野で互いにまったくしらずに独自に発展した理論の中からクリロフ-ボゴリューボフの理論と関係がありそうな分野を取り上げました。特に著者自身がこれはクリロフ-ボゴリューボフの理論が出てからその発展型とみなせるのではないかというものを選んでいます。それぞれの章は主要的な部分だけのおさらいのようなものに過ぎません。ですから初学者にはそれぞれの分野で出くわすであろう主要な内容になります。

しかしながら、それぞれの分野の専門家には不十分かもしれません。きっと数多く不満が出るだろうと思います。その場合は、それぞれの専門の有名な教科書を引用してありますので、ぜひそういうものを学んでいただけたら幸いです。執筆においての責任は著者個人にあります。もし問題点や不満などが見つかりましたら、ぜひ著者へお知らせいただけたらありがたいです。

(『まえがき』より)


目次
まえがき

第I部 さまざまな分野への発展

第1章 リミットサイクル振動
1.1 エネルギーの注入と散逸
1.2 ホップ分岐
1.3 振幅方程式
1.4 外力のある場合の振幅方程式

第2章 リミットサイクル振動の位相記述法
2.1 位相の大域的定義
2.2 アイソクロンと特異点集合
2.3 振動の固有値とベクトル
2.4 Z(!)と随伴行列のゼロ固有ベクトルの同一性
2.5 摂動を受けたリミットサイクル振動の位相

第3章 周期解の安定性
3.1 リャプノフの定理
3.2 リミットサイクルの後続関数
3.3 周期解の安定性の概念
3.4 リャプノフとアンドローノフ−ウィットの定理

第4章 遠心制御装置の振動
4.1 遠心制御装置(ヴィシニェグラツキーの研究)
4.2 重りの運動方程式
4.3 重りの安定性の運動方程式
4.4 蒸気機関の運転速度の非一様度
4.5 蒸気機関の制御系の安定性の条件

第5章 真空管発振器の振動
5.1 真空管発振器(アンドローノフの研究)
5.2 三極管特性
5.3 真空管発振器の電流方程式
5.4 電流方程式の安定性解析
5.5 三極管の特性関数f(x)が階段関数の場合

第6章 温度調節器の振動
6.1 バイメタル制御装置
6.2 バイメタル制御装置の数式モデル
6.3 クリロフ-ボゴリューボフの平均化法
6.4 温度調節器への平均化法

第7章 生態系の振動
7.1 1種類の個体群のダイナミクス
7.2 ロトカ-ヴォルテラ系
7.3 新型コロナウィルス感染のモデル
7.4 アイソクライン法
7.5 非線形力学とハミルトン力学

第8章 化学振動
8.1 化学反応
8.2 ミカエリス-メンテン反応
8.3 細胞周期のモデル


第II部 制御理論への発展

第9章 古典制御理論
9.1 単一制御回路
9.2 単一制御回路の微分方程式
9.3 伝達関数とフーリエ変換
9.4 伝達関数の連結
9.5 制御過程の安定性

第10章 原子力発電の自動制御
10.1 原子力発電機の概念
10.2 原子炉内の連鎖反応
10.3 原子炉内の熱交換
10.4 蒸気式原子動力系
10.5 ガス式原子力系

第11章 現代制御理論
11.1 解析力学
11.2 最適制御理論への萌芽
11.3 最適性原理と最大原理
11.4 制御ハミルトニアン
11.5 カルマン・フィルタの理論

第12章 最適制御理論の応用
12.1 核反応への応用
12.2 化学反応への応用

第13章 代謝の理論
13.1 生命系と経済系の類似
13.2 準化学過程
13.3 ボルツマンのH関数の不可逆過程の関係
13.4 ネットワーク熱力学
13.5 電気回路アナログ
13.6 動的平衡の概念
13.7 連結化学反応
13.8 代謝反応のギブスの自由エネルギー
13.9 杉田の最大原理
13.10 ATPとタンパク質の複合化学反応

第14章 生命の熱力学
14.1 生命の物質均衡
14.2 生命のギブスの自由エネルギー
14.3 生命の消耗関数D
14.4 生命系のギブスの自由エネルギー
14.5 ギブスの自由エネルギーの詳細釣り合い
14.6 生命のエントロピー代謝
14.7 生命の単純再生産

第15章 生命と制御
15.1 開放系の流動モデル
15.2 生体制御系とフィードバック
15.3 酵素反応式を論理式とみる
15.4 酵素反応の情報相関
15.5 生体反応と論理回路
15.6 大腸菌の制御回路
15.7 細胞の制御

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