【あの男】
もうそろそろ
あの男を降ろしてやっても
いい頃ではないか
二千年のあいだ ずっと
血みどろに放置され
今なお
われわれの犯した罪を
背負されたまま
はりつけになっている
世にも気の毒な男を
あの不吉で忌まわしい
処刑台から やさしく
そっと降ろしてやっても
いい頃ではないか
あの男はもともと
なにごとにも縛られない
空を飛ぶような自由人
そんな野に遊ぶ花の詩人を
だれが捕らえ
ほしいままの暴力にさらし
はりつけにしてしまったのか
たしかに そのときから
人類の歴史は
変わってしまったのだ
あの詩人を十字架にしばりつけ
殺してしまったときから
われわれのなかの なにか
大切なものが殺されたのだ
そして それは取り返しが
つかないほどひどい傷を
我々のなかに残してしまった
われわれが 以前
はりつけにしたままの男を
あんなところで あんなに苦しんだまま
はりつけになったままの男を
そろそろ汚れたままのこの手で
そっと降ろしてやろう
そのとき われわれのなかの
なにかが変わるかもしれないのだから
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