ウェイクアップコール




【あの男】

もうそろそろ
あの男を降ろしてやっても
いい頃ではないか
二千年のあいだ ずっと
血みどろに放置され
今なお
われわれの犯した罪を
背負されたまま
はりつけになっている
世にも気の毒な男を
あの不吉で忌まわしい
処刑台から やさしく
そっと降ろしてやっても
いい頃ではないか

あの男はもともと
なにごとにも縛られない
空を飛ぶような自由人
そんな野に遊ぶ花の詩人を
だれが捕らえ
ほしいままの暴力にさらし
はりつけにしてしまったのか
たしかに そのときから
人類の歴史は
変わってしまったのだ
あの詩人を十字架にしばりつけ
殺してしまったときから
われわれのなかの なにか
大切なものが殺されたのだ
そして それは取り返しが
つかないほどひどい傷を
我々のなかに残してしまった

われわれが 以前
はりつけにしたままの男を
あんなところで あんなに苦しんだまま
はりつけになったままの男を
そろそろ汚れたままのこの手で
そっと降ろしてやろう
そのとき われわれのなかの
なにかが変わるかもしれないのだから


【渡り鳥】

どうか教えてくれ
どうあがいても
ほんのわずかさえ
あの大空を飛ぶことが
許されていない私へ
飛べない私へ
可哀想なこの私へ
おまえがあの大空で
見てきたものを
世界中の風の色と匂いを
震えながら海に沈む
真っ赤なお日様のため息を
大空から眺めた 日々繰り返される
ちっぱけな人間どもの
ちっぱけな悲しみと喜びを
まだ 誰にも知られていない
美しい物語のことを
盗み聴いた天上にすむ神々の世間話を
獣たちの秘められた
神話と夜の孤独を

国境線など世界のどこにも
引いていないことを
知り尽くしているお前たち
どんなところへだって
自由に旅するパスポートを持った
特権的な旅行者である
お前たち
お前たちの見えない墓場は
どこにある
私はお前たちの透明な骨が
月の光に夜光虫のように青く煌めきながら
整然と並べられて寝息をたてている
隠された夜の墓があることを
知っている



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