企業戦士たちの時代




一九九〇年七月八日、山本は、午前中から客先に出て、CAPシステムの売り込みに伴う客先システムの構築構想に関しての打合せ会議に出ていた。別館の会議室で打合せ最中に、上司の笠原部長より電話を受けた。

「山本さん、客先に突然電話をしたのは、山本さんに、急に明後日から香港に出張してもらうことになったからです。何か、ブリッツベルグのシステムに漢字機能が実現しているところを香港へ行けば見られるという話しで、営業の原口部長のほうから英語ができる山本さんに行ってもらいたいとの要求が出され、本来なら仕事上高林君に行ってもらうところ、高林君では英語のほうが駄目なので、山本さんになりました。詳しいことは山本さんが帰ってから話しをしますが、今僕のほうで確認をしておきたいのは、七月十一日から十四日までの四日間、山本さんのほうは個人的にも問題がないかどうかということです」

「それは、問題がないと思います」

「それが、確認できれば宜しいです。それで山本さん、そちらは何時頃引きあげられますか?」

「多分午前中一杯くらいで終わる予定でやっていますので、午後一番には、会社に戻れると思います」

「それじゃ、良いな。一応原口さんの通訳をしてもらうことになっているが、SEから調べてもらいたいことも有ると思うので、山本さんが帰ってきたら、高林君、須藤君を交えて、早急に打合せをしたいと考えている。そのつもりでいてください」

「分かりました」

「それじゃ、ご苦労さんです」

時刻は、午前の十一時半になっていた。客先での打合せは、それから一時間程続き、山本等が解放されたのは、昼の休憩時間も半ばを過ぎた頃であった。途中で昼食を取るのは止めて、新橋から虎ノ門まで地下鉄を利用し、食事は、虎ノ門の会社の近辺で取った。帰社した時は、一時を二十分くらい回っていた。

山本が八階の席に戻ってくると、早速笠原部長が近づいてきた。

「どうやら、社長が香港へ行きたいらしいな。原口部長のほうでは、今更ブリッツベルグのシステムなどやるつもりはないらしい。たまたま昨日ブリッツベルグの日本支社長がやってきて、香港で漢字システムが見られるので、是非香港へ見に行って欲しいと言ってきたらしいんだ。それに、うちの社長が乗ったようなんだ。うちの社長が香港へ見に行きたいという話しをしたら、ブリッツベルグの日本支社の社長も一緒に行くという話しになり、ブリッツベルグ日本支社からは、技術の熊野さんも行かれるという話しだ。熊野さんは、いつの間にか取締役になられているようだね」

「随分、大袈裟な話しになっているんですね」

「ブリッツベルグ香港店でのミーティングは、七月十一日と十二日の二日間が予定されているそうだが、うちの社長が行かれるのが一日遅れるということらしい。最初の日は原口さん一人でやらなければならなくなったので、英語と漢字システムの両方が分かった山本さんが一緒に行くのが最適ということで、一緒に行って欲しいと言うことになったんだ。急な話しだけど、四、五日位なら、山本さんも時間を取れるだろうと考え了解したんだ」

「中国漢字が扱えるというのでは、入力方式が日本の漢字と違うから、余り期待できませんですね」

「原口さんも、そう言っておられた。二日も時間は掛からないよ。仕事のほうは、最初の半日で終わってしまうんじゃないか。後は、遊びだよ」

そう、はっきり言われてしまうと、山本も答えようがなかった。

「遊びにやらさせて頂いて、済みません」

「否、山本さんには通訳という仕事が多少あるから、丸きり遊びということはないが、まあたまには良いんじゃないですか」

SE部内の打合せは、午後の四時から行なうことに決定された。時をおかず、営業の原口部長が山本のところへやってきた。

「山本さん、これを書いてもらおうか」

海外出張申請のフォームの一部であった。出張者である山本の個人的な履歴を書く用紙だった。

「他は、僕のほうで書いておきます。飛行機とホテルの予約については、ブリッツベルグ日本支社のほうで、今取ってもらっています。向こうの島原という社長と、山本さんが良くご存じの熊野さんが、一緒に行かれるようです。連絡があり次第、山本さんのほうにも連絡します」

「お願いします」

「折角行くんだから、香港の街も見てきましょう。社長も初めてのようですから、恐らく時間を作ると思うよ。漢字システムのデモンストレーション等、トータルで半日も有れば十分でしょう。どうせ採用できる商品じゃないですから、適当なところで切り上げるようにしましょう」

笠原部長が言うように、出張当事者の原口部長も、仕事のほうはほとんど念頭に無かった。

「社長も、香港は、初めてなんですか?」

「そうらしいねえ。だから、どうしてもこの機会を利用して行きたいと考えておられるようだね」

「あんなに良く海外出張をされる人が、香港に行っていないとは意外でしたね」

「そうなんだよ。あんなによく海外に行っている浅野さんが、香港に行っていないなんて、僕も思わなかった」

山本は、決済申請用紙に記入を行い、後から原口部長のところまで持って行った。夕方までには、ブリッツベルグ日本支社より飛行機の予約が取れた旨連絡を受けた。成田を七月十一日午後六時発の飛行機で、香港到着が午後九時半になっていた。東京と香港間は時差が一時間有るので、飛行時間は四時間半であった。ブリッツベルグ日本支社の島原社長と熊野取締役も同じ飛行機を利用するとの話しであったが、別に飛行場で待ち合わせる話しはされていなかった。

SE部内での打ち合わせは、笠原部長が予定を立てた通り、午後の四時頃より行われた。現在既にユーザーにリリースされている日本語データエントリー・システムのユーザー・サポート課の課長である高林と、開発担当課の課長の須藤が呼ばれた。

「僕としては、現在の仕事のラインから考えて、高林課長か須藤課長に香港まで行ってもらおうと考えていたが、原口部長のほうで初日が一人になるので、どうしても英語で通訳の出来る人と言う強い要求があり、山本さんに行ってもらうことにしました」

既に分かり切った事であったが、高林課長と須藤課長からは、ブリッツベルグ香港支社で実現している漢字システムの日本語システムへのモディファイの可能性、多端末を接続して集中的な入力オペレーションを行った場合に遅れを来たさないかの問題、日本語固有の漢字処理機能の組み込みにどの程度の作業工数を必要とするか、と言った内容の調査事項の要求が上がった。


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