アルハンブラの薔薇




もう九時を過ぎているので労働者の姿は少なく、新聞を小脇に 挟んだサラリーマンや小粋な女性がバス停に並んでいた。だらだ ら坂の大通りを車がびゅんびゅん走り、人も次第に多くなって来 た。春奈は成田空港に姿を現したときと同様に、黒いシャツ、白 い短いパンツ、白い麻のような生地のショールを頭から被り、ひき ずるようにして健蔵のあとを少し遅れてついてくる。信子と玲子は だべりながらかなり遅れてだらだらとついてくる。このペースでは王宮 に着くのに随分時間がかかりそうなので、もう少し速く歩くように促 すが、あまり効き目がない。坂を少し登ると右手の丘の上に鉄柵 の門が開いていて、そこから朝の散歩を終えたらしい男女のカップ ルや家族連れが下りて来るのが目に入った。これが王宮への近道 になるのかもしれないという気がしたので、女性たちにここから入り ますよといった。そのとき顔色の悪い二人の少年が、門を出たとこ ろから通りの方を見ているのが目に入ったが、彼らはすぐに姿を消 した。門を入ったところは小さな広場になっていて、まわりにコンクリ ート製のベンチが数個置いてあり、その後ろは木立になっているの で少し薄暗い。先程の顔色の悪い少年たちは、ベンチに腰をかけ てうつむいているようであり、こちらの様子を窺っているようでもあり、 薄気味悪かった。健蔵は思わず貴重品の入ったバッグを抱きしめ、 女性たちに目配せすると、彼女たちも身を固くして密集して、広 場の反対側を大回りした。


書籍の購入方法

本棚ページ

詳細ページ

トップページ