妊娠夢




私は、小夜とは親友ではなかった。

女同士の親友といえば、日本では、必要以上に濃密なつきあいが肝心なこととされ、しかしもっと肝心ないろいろについては一切お互い触れようとしてはいけない。昨日まで親友だったもの同士が仲間外れの対象になり、そこからいじめが始まることもしばしばある。このような親友の定義から言って、私と小夜が親友であったことは今まで一度もなかった。

また、もっとふつうの意味で私たちが親友であったかというと、やはりそうでもなかった。一年以上もお互いまったく連絡をし合っていない時期があったのである。

そのような私たちであったのに、私は、今、小夜のことを書こうとしている。私にしてみれば、もっともな理由がある。

小夜が台湾に渡って、もう一年になる。この物語の舞台となる時期は、小夜が台湾に発つときからさらに一年以上前、1999年の秋。私も小夜も、大阪市の片隅で、駅前にはちょっとした歓楽街もある下町に住んでいた。

この時、小夜は妊娠していた。私は突然の小夜からの電話に、新しくできた彼氏の自慢話でも始まるのではないかと期待したが、彼氏、どころではなかった。小夜は、およそ5ヶ月になる頃と言っていた。体調が思わしくなく、すでに破水してしまい、流産の可能性があるというので、入院したそうである。

妊娠となれば、気になるのは、相手は誰か、ということだ。私はまだ、周囲の人間から妊娠を聞いたことがなかった。もちろん、私も小夜も、二十代の前半で、結婚などまだまだ考えられない年だから、小夜にとって手放しに喜べる事態でないことは、確かなようだった。しかし小夜はそのことに関して電話では何も言ってくれなかった。


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