春市




実家の近くに 千年寺というお寺がある
毎年4月に春市が立つ
小学生の頃 悪がきたちとよく一緒に春市へ行った
中学生になって以来 久しく遠ざかっていたが
実家の比較的近くにUターンしてから
子どもたちにも春市というものを体験させてやろうという親心から
また春市へ行くようになった

暫く振りに行く最初から承知していたが 千年寺の近くには
昔好きだった彼女の家がある
以前は周りは田んぼだけだったが 久しく遠ざかっているうちに
アパートや家が建て混んでいた
彼女と一緒に歩いた細道を逆に辿りながら 彼女の家の近くまで行った
彼女の家は昔のままにある
彼女は三姉妹の長女だったから 三姉妹の誰かが家を継いでいるのかも
知れないと思った

子どもたちや妻と千年寺への道を歩きながら
私はいつも妙なことを考えていた
「もしかしてあの家から 幼い子どもが飛び出してくるかも知れないなあ」
そんなことを考えながら 家の方を見やるから
子どもの一人が一度私に尋ねたことがある
「パパ あのお家 パパの友だちのお家なの?」
「いや 違うけど 昔もあったなあと思って・・・」
私は 空とぼけた

もうUターンして初めて千年寺の春市へ行ったときのことは忘れてしまった
彼女の家の近くを通るとき 感慨は昔のままだが
もう以前のように「誰かあの家から駆け出して来るかも知れない」という
期待を抱くことはなくなった

昔はね
もっと上へ上がれたんだ
(今も上がれるのかどうか知らない)
ゲームセンターや電気自動車が置いてある屋上
その上に もう一つ小さな箱が乗っかっていたんだ

屋上まで来ると もっと上へ上がりたくなるんだ
狭い階段を 肩寄せ合って歩くんだ
突然二人きりになって 君の香水が匂ったりするものだから
どぎまぎして
でも チャンスかなと ちょっと決心しかかったところで
出口なんだ

みんな考えることは同じさ
吹きっさらしの特に何もない屋上
アベックが肩寄せ合って 遠くを見ていた
海の近くだったから 船が行き来してたよ
特に何を見るのでもなく
風を見てたよ
君と俺の明日
未来は何処にあるのだろうってね

身体が冷たくなるばかりだから
君はいつも「もう降りよう」って言うんだ
俺は下へ降りたって用事がないから
「ここから飛び降りたら気持ちいいだろうな」って冗談を言うんだ
一度なんか 君が本気にして
俺の目を覗き込んだから
こりゃ本当に飛び降りなけりゃいけないかなと思ったよ

あのとき見た未来
風に乗っかってほんの一瞬ちらっと姿を見せたように思ったけど
それっきり 何処へ飛んで行ったのかなあ
もう一度 未来を見たい気がするけれど
あの屋上へ上がったら
もう死神しか待っていないような気がする
君も俺もロマンスっていうには 歳取り過ぎたもんなあ

占い
会社に行く途中に
「運勢占います」という紙を貼った家がある
私は いつも 占いなんか誰が本気で信じるものかと思って
通り過ぎた

その占い屋は外見に繁盛しているようにはとても見えなかった
それにしては もう十年余り続いていた
毎週 運勢占いますの宣伝文句が真新しい貼り紙に
書き替えられている

ある日の朝 いつものように 占い屋の前を自転車で通っていて
それまで分からなかった謎が
ふっと 解けた
謎というのは 占いなんか誰が本気で信じるか
という疑問である

私は 前日の夜 ある詩人の詩を読んだ
その詩人は あるお寺の境内にダンボール箱が山と積まれていたので何だろう
と近づいて見たら 箱の外側に一箱三千円という書き込みがあり
それは供養して貰うために詰め込まれた人形の山だった という話だ

愛着のある人形を捨てるのは忍びない
けれども お金を払って人形を供養して貰えるならば
申し訳がたつ
途端に 心が軽くなって 良心の呵責がなくなる

占いも 同じように
依頼者は 回答を すでに胸の中に持っている
けれども 最後の一歩が踏み出せない
誰かがそっと背中を押してくれたなら どんなにか気が楽になろう

この そっと背中を押す役目が 占いなのだが
私たちは よく考えれば ある一線から先を
神仏に下駄を預けることで
どんなにかたくさんの 心の安らぎを得ていたことだろう


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